季節の便りのページ   
  「季節の便り」の目次           著者:愚足 釋 裕光(久保 裕)
     *** 「トップページの写真集へ」もご覧下さい ***
〇 清水章裕と夏子 秋の収穫     2018年秋
〇 庭のバラの動画と"虹"       2018年5月
〇 御岩神社 阿吽の狛犬像      2018年1月1日
〇 愛子の絵【金賞】塙山小学校4年   2017年12月
〇 茨城県北芸術祭          2016年9月17日~11月20日
〇 愛子9歳の誕生日         2016年10月30日
〇 Cnetデジタル写真同好会撮影会   2016年4月17日
〇 助川山を歩く。          2015年2月1日
〇 関東地方も梅雨入りになりました。 2014年6月12日
〇 愛子は小学校に入学しました    2014年4月8日
〇 一面の雪             2014年2月9日
〇 東京霊園へお墓参り        2014年3月23日
〇 夏の長崎さるく          2013年8月
〇 日立駅東口の展望ホールとカフェがオープン
                     2011年11月9日
〇 長崎くんち            2011年10月9日
〇 たかはら自然塾          2010年6月21日宿泊
〇 あいちゃんとタンポポ       2010年6月20日号  日立市報 
〇 しぼり和紙ひな人形        2010年2月27日   渡辺万喜子作品
〇 花貫渓谷の紅葉          2009年11月16日
〇 えっ!11月にひまわり?!    2009年11月1日
〇 今を生きる            2009年2月4日
〇 初秋の北陸から天橋立への旅    2008年12月号「ぱんぽん」誌に掲載
〇 桜きるばか梅きらぬばか      2005年8月号「ぱんぽん」誌に掲載
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常陸太田市
長谷町
 
清水章裕と夏子 常陸太田の稲田
 2018年の秋

 2017年9月会社を定年で退職した章裕は常陸太田の一反の稲田で刈り取り。
一反(約1000㎡ 50m×20m)の稲田で20俵を仲間2人で収穫した。
一俵は約17Kgだから340Kg、米の売り上げは1kg当たり400円だといわれる。一反の売上高は136,000円というところか。
 ご苦労さんでした。



 




iPhone Xで撮影
驚異的なカメラ性能

 
庭のバラの動画と"虹"
     2018年5月

 風の中のバラ(動画・ビデオ 45秒)











自宅の庭から見えた"虹"ダブルレインボー
 2018年5月4日午後5時50分
 自宅の窓から太平洋の上の虹
 Double Rainbowを撮影

























平成30年(2018)の年賀状


 御岩神社の山門


御岩神社の本殿

 日立市のパワースポット御岩神社
  

日立市のパワースポットと呼ばれている御岩神社に参る。早朝からお参りする人が後を絶たない。神仏を祀る縄文期の遺跡の発掘や日本最古の書「常陸の国風土記」(721年)にも記されている古刹である。本堂の両側にはどこの寺社でも見られる狛犬が鎮座している。阿吽(アウン)の像と呼ばれる。右下の写真が阿像で口を開いて”ア”と「元気でいろよ!」と声を出している。頭には苔むした帽子をかぶりかわいい。左下の写真が吽像で”ウン”と口を一文字に閉じ無事息災を念じている。今年の干支(エト)の戌(犬)にちなんでご紹介します。
 皆様にとりまして、本年がよい年でありますよう御祈念申し上げます。
       平成30年(2018) 元旦
 狛犬 吽(ウン)像  狛犬 阿(ア)像

 サムネイル写真をクリックすると拡大写真でご覧いただけます。
 
平成29年(2017)12月

  【金賞】 絵画 「遊びにおいでよ!ドリームツリー」

           愛子 塙山小学校4年生



「ウォータースライダーはお水をためてすべります。
リンゴやスイカのなかからはジュースがのめます。キノコのかいだんを上りキノコのロープウェイにのり上まで上がれます。そして最上かいはうちゅうです。土星に行ったりうちゅう人にあったりでます」

 


県北芸術祭情報サイトのブログに投稿。

右に4か所の作品の鑑賞記(URL)
1.JR多賀駅前:スマイリーマークが自分の似顔絵に

2.JR日立駅:太平洋の眺望開ける日立駅、その向こうに見えるものは

3.シビックセンター:妖しく緑色に光シャンデリア、人類の未来を象徴する

4.日立市郷土博物館:日立の歴史をコスモポリタンの視点で再検証する














































































 
 茨城県北芸術祭が開催される 2016年9月17日~11月20日

 9月17日から11月20日まで茨城県の県北の地域(日立市、常陸太田市、高萩市、北茨城市、大子町など)で開催されていた県北芸術祭が開催された。期間中、計画時の45万人を上回わる入場者があったそうだ。作品を取材して投稿した「サイト鑑賞記」のブログサイトには毎日500回以上のアクセスがあった。

【ケンポク鑑賞記】スマイリーマークが自分の似顔絵に
http://kenpoku-art.blog.jp/archives/6655877.html

【ケンポク鑑賞記】太平洋の眺望開ける日立駅、その向こうに見えるものは
http://kenpoku-art.blog.jp/archives/6901866.html

【ケンポク鑑賞記】妖しく緑色に光シャンデリア、人類の未来を象徴する
http://kenpoku-art.blog.jp/archives/6902868.html
 


【ケンポク鑑賞記】日立の歴史をコスモポリタンの視点で再検証する
A-12  日立市郷土博物館
http://kenpoku-art.blog.jp/archives/6765491.html
 日立市郷土博物館に作品展示を見に行く。2つの作品展示があり、その1つ「日立工場の建物間に何もない場所で、私は未開人と飢饉や戦争の犠牲者たちを織り込んだ詩を読む」という大変に長い題名の作品。
 日立市郷土博物館は「市民の教養と憩いの場」として、郷土にかかわる考古・歴史・産業・民俗資料、美術資料を収集・保存・研究・展示をしている。常設展示では、豊かな自然の中で展開されてきた日立の歴史と産業の移り変わり、庶民のくらしとまつりに関する資料を展示している。
 この作品展示の作者は工業都市の日立市をその昔に常陸国風土記が書かれた8世紀のころまでさかのぼり作者は現在を見つめている。作品の中心には明治43年(1910)に製造された5馬力の電動モーターが置かれている。日立工場の中にある小平記念館のある丘の上には日立製作所の創業小屋が再現されていて、そこに所蔵されているこの小さな電動モーターのバックには鉄道が開通したばかりの頃の日立駅や日立鉱山精錬所の東洋一高いといわれた大煙突の写真などが掲示されている。戦中、戦後の苦難と発展の歴史、戦争中の生活は食料不足の時代があった。ベトナム人の作者は長期にわたる戦争での同様な忍耐と苦難の道を回想する。
 日本でも産業の町が急速な発展を遂げるが、やがて衰退して人口減で消えて行く現象が多く見られる。日立郷土博物館の所蔵品を見ながら、忘れ去られようとしている遠い過去の姿や他の場所で起きていることを見捨てないように、この場所に記録を残し、展示さていることの意味を考えさせられる。
 日立の鉱山が閉山し東洋一の高さを誇った大煙突も折れてしまったが、久原房之助の日鉱記念館は残り市民に開放されている。小平浪平が創立した日立製作所も、今、大きな変革の時期を迎えている。
 小平記念館や日立製作所の創業小屋は日本の産業遺産として残し、一般市民に開放すべきであろう。県北芸術祭で、世界的な企業に発展している日立製作所の創業の原点ともいえる、わずか5馬力の小さな電動モーターが郷土博物館に出展されているのを見たとき、日立市は一番大事な観光遺産を忘れているのではないかと思った。





 
平成28年(2016)
10月30日 







   
 愛子9歳の誕生日、塙山小学校の3年生。


 

新宿御苑








































六義園


  Cnetデジタル写真同好会撮影会 2016年4月17日
 場所:新宿御苑・六義園
   
 八重桜 関山  八重桜 普賢象


         往時を語るヒマラヤ杉


           ツツジと八重桜の下で憩う




   
 鯉と亀  色とりどりのツツジが香る


 
2015年2月1日
助川山の頂上の東屋

(クリックすると拡大写真)

頂上から日立市街を眺望

(クリックすると拡大写真)
 助川山を歩く 
 2月1日青葉台団地口から歩いて丁度1時間、12:00に助川山山頂、風が強く冷たかったが快晴で太平を一望できた。北は福島県小名浜、南は千葉県犬吠埼まで見渡せた。助川山市民の森の中にネイチャーセンターの小屋(右の写真)があり、山に生えている木々、草花、鳥や動物を自然のままに残しておこうと、NPO法人助川山保全クラブの皆さんが努力しておられる。



 






2014年6月12日
我が家の庭のツルバラ
 
○関東地方も梅雨入りになりました。

 梅雨入りして今日も一日雨模様です。近所の知り合いから古布で作ったカエル2匹をいただきました。写真にとってセリフを入れてアップしました。 「如衆水入海一味」は正信偈の中の一句です。梅雨空をうっとしい気分でいるより、さわやかな気持ちでカエルを眺めているのもいいでしょう。 仏教で「衆生」というのは一切の生物(動物・植物)のことです。




平成26年(2014)
4月8日 







 
 愛子は小学校に入学しました。









平成26年3月23日
東京霊園 











 ○春彼岸に東京霊園にお墓参り
 春分の日より2日過ぎましたが3月23日(日)に、紅白の梅の花が咲き匂い、桜の蕾も膨らみだした東京霊園に縁者の皆さんと「樹心流情」のお墓参りをしてまいりました。墓前の花のアレンジはスタイリスト清水夏子によります。






平成26年2月9日 
拡大写真
日専校の校庭


庭のチューリップの芽



○一面の雪
 この週末は空も陸も交通機関がマヒ状態になる。9日(日)は車が出せるように家の前の道路の雪かき、10日(月)学校は休校になる。パソコン教室が予定されていた学校の近くに行ってみると、校庭は一面の雪で、わずかに足跡が見えるだけで人かげはない。
雪解けの庭には今年もチューリップが芽を出していた。
 

スライドショーでご覧ください
上の写真をクリックして
スライドショーでご覧ください。




 夏の長崎さるく
 2013年8月次女夏子の長崎旅行の写真アルバムをスライドショーのページでご覧ください。
 「さるく」とは長崎弁で「歩く、ぶらぶら歩く」ことをいいます。
祖母のお墓参り、母の母校の高等学校を訪問したり、ふと街で「JR大人の休日倶楽部」のモデル吉永小百合さんに出会ったような気にさせられたり、子どもも40年も経つと思いがけない一面を見せるものですね。
 敬老の日にちなんで親バカチャンリンをお許しください。

  2013年9月16日 記
 








日立駅東口の展望ホールとカフェがオープン

2011年4月7日に改築完成した新しい日立駅には太平洋の海を展望できるカフェーが11月にオ-プンしています。12月13日に朝日に輝く東口展望ホールの写真を撮ってきた。(上の2枚)こんな空間のあるデザインの駅は日本に他に無いでしょう。世界的な建築設計者である妹島和世女史の設計によるものです。

○妹島和世氏講演会 10月1日
 日立シビックセンターの音楽法―ルで「建築への思いとふるさと日立」と題して、世界的な建築デザイナー妹島和世氏の講演があった。女史は新しい日立駅の設計監修と日立駅周辺地区整備事業の監修をされている。
 この日、会場で吉成市長から日立市市民栄誉賞が贈られた。
 女史は1956年日立市生まれ。2010年のベネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務められなど世界的に活躍されており、現在はルーブル・ランス、すみだ北斎美術館など進行中、06年日本建築学会賞、10年にはブリッカー賞(建築界の世界最高賞)を受賞されている。 
 左の写真は開演前のシビックセンター内
 
【右のタイトル:Word2010のワードアートで、図形の雲にグラデーションの色付けをして文字を反射効果を付けて作る。】

         













 長崎市諏訪神社
 7年に一度の出し物
 「コッコデショ」














 満員の諏訪神社の桟敷席に
 小泉元首相が姿を見せる
















 長崎市の平和公園で










       
 
 秋の大祭「長崎くんち」。荘厳な御神幸と国際色豊かな奉納踊により日本三大祭と称されている。
 妻と娘夫婦が長崎に2011年10月9日、長崎くんちの後日を見に行った。
今年の目当ては、なんといっても7年に一度の樺島町のコッコデショだ。「モッテコーイ!モッテコーイ!」の掛け声で諏訪神社の境内の舞台は早朝から熱気を帯びる。
 小泉元首相が姿を見せて、「おはようございます!」と声をかけると右手を上げていつものポーズ、会場は一段と盛り上がる。
 原爆投下の跡地に平和公園には多くの献花が置かれていた。

       
  

      

 下の写真は7年前(2004年)の長崎くんちの時の写真です。右側の入江輝夫さんに諏訪神社の桟敷席を取っていただきました。銅座町で花とペットの店の経営者でしたが、このおくんちの年の翌年(2005年)に亡くなられました。今年のおくんちの桟敷席は奥様の順子さんが取ってくれました。入江さんと妻の佳代子は長崎西高等学校の同期生でした。
  
 写真は左から久保裕、佳代子、岡部弘子、中釜眞姝子、入江輝夫(敬称略) 2004年10月6日おくんち祭りの前夜、長崎ワシントンホテルで。
 入江さん!長崎のマドンナたちは、7年前と変わりなく、いや、もっと若返っているようです。


                









 


ダンボール・クラフトの作品


蛍の住処(すみか)




花しょうぶ
 
 「たかはら自然塾」に宿泊

 http://www.takahara-shizenjyuku.com/

 6月21日 NPO法人コミュニティNETひたちの理事会を「たかはら自然塾」(日立市十王町高原396-1)で開催しました。
  

 「たかはら自然塾」は自然との交流、体験事業を日立市のグリーンツーリズム推進会が運営しています。
 宿泊設備、交流ホール、料理・工作体験教室など整備されています。ここで、
 ・そば打ち
 ・豆腐づくり
 ・大工・おもちゃづくり
 また、近くの里山では
 ・米づくり
 ・大豆づくり
 ・渓流釣り
 など体験することができます。

 近くの里山には、花しょうぶが咲き、渓流には「蛍の住処(すみか)」で、夜は蛍の群れを見ることもできます。


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日立市報2010年6月20日号
福祉プラザのおもちゃライブラリー











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 あいちゃんとタンポポ 2010年6月20日


 あいちゃんは2歳7ヵ月になりました。
 保育師の先生と一緒に家の近くにある「福祉プラザ」で元気に遊んでいます。お友だちもできました。
 日立市報『ひたち』の表紙に写真が載りました。

 おばあちゃんの家にも行ってきました。大きなブローチやきれいな色のネックレスを付けてくれました。
 お庭のタンポポの花は、わた穂になっていました。わた穂のタンポポを摘んで、フーと吹くと、穂が飛んでいきました。
 また来年もタンポポが咲いているといいなと、楽しみにしています。









愛子へ
 愛子は、人を愛することのできる人になるんだよ。
 お医者さんになりなさい。                凡夫

「星とタンポポ」  金子みすゞ 詩

  あおい おそらの そこふかく
  うみの こいしの そのように
  よるが くるまで しずんでる 
  ひるの おほしは めにみえぬ
  みえぬけれども あるんだよ
  みえぬものでも あるんだよ

  ちって すがれた たんぽぽの
  かわらの すきに だァまって
  はるの くるまで かくれてる
  つよい そのねは めにみえぬ
  みえぬけれども あるんだよ
  みえぬものでも あるんだよ


          
 
写真をクリックして拡大写真をご覧ください
しぼり和紙による
五段飾りひな人形



渡辺万喜子さん(左)と
野口不二子さん(右)
茨城県県北生涯学習センターで
平成19年11月27日



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 しぼり和紙ひな人形
 
             日本紙人形会教師 渡辺万喜子作


 下野(しもつけ)人形(ひとがた)とよばれる、しぼり和紙による雛(ひな)人形です。
 幸せをよぶ紙人形は、下野の国(栃木県)の中央を流れる姿川と思川に古くから「人形(ひとがた)」に願をかけて、幸せを求める風習に由来します。
 その昔、遣唐使によって伝えられ、弓削(ゆげ)道鏡が、下野の国に広めたと言われる工芸品下野和紙で作られます。

写真をクリックして拡大写真をご覧ください  人形が記録にあらわれるのは平安時代からといわれています。古代の人々は人形を「ひとがた」と呼んでいました。「ひとがた」とは、人の身代りになって病や禍(わざわい) を負う人形として、川に流されました。このことは、「流し雛」として各地で行われる風習に今も伝えられています。
 江戸時代のころから、ひな人形が「雛遊び」となって一般庶民にも広がっていきました。江戸中期には人形や道具などがだんだんと豪奢(ごうしゃ)になって、雛遊びという子どもの遊びの世界から、大人が子どもたちの成長を願う「雛祭り」に変質していきました。江戸時代の後期には、現在のような、五段飾りなどが定着していってようです。(茨城県立歴史館の解説シートより)

  渡辺万喜子さんは、日立市弁天町に在住。

 




汐見滝のつり橋の上から
 
 花貫渓谷の紅葉 
 2009年11月13日

 11月13日、高萩市の花貫渓谷は紅葉の真っ盛りでした。花貫ダムから3kmほど上流に不動滝があります。近くの駐車場から歩いて、約1.8kmあまり紅葉並木がつづきます。真紅や黄色に色付いた木々を見ながら、落ち葉を踏み渓谷に沿って歩いていくと、汐見滝につり橋がかっています。滝川の流れを見ながら、木々の紅葉を潜り抜けるように、さらに山の奥へ入っていくと小滝沢のキャンプ場に出ます。絶好の紅葉の見ごろでした。
 駐車場には大型の観光バス20台以上が並んで、大勢の観光客が訪れていました。朝10時前にはつり橋にカメラを構えないと、多くの観光客で橋が揺れて橋の上からの撮影はできません。





拡大写真は
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ひまわりの畑のある家
 
 えっ!11月にひまわり?! 
 2009年11月1日

11月1日、茨城県植物園に隣接した4.2haのひまわり畑には25万本の「ひまわり」が咲いていました。
 水戸農業高校の先生が品種改良してこの時期に見事に咲かせたものです。残念ながら、直前に台風18号の暴風雨で多くの「ひまわり」がなぎ倒されてしまいました。 「ひまわり」を1本1本起こして、物見台からも「ひまわり畑」が見わたせました。来年はもっと元気な「ひまわり」が、さらに多く見られることでしょう。
 
 ひまわり畑は那珂市の茨城県植物園の近くにあります。
 


































































 
 今を生きる


 日立市の中央に鮎川(あゆかわ)が流れている。近年、鮭(さけ)が産卵期に遡(そ)上してくる。この川の上流に市内の梅の名所、諏訪梅林がある。
 1月20日の大寒の日に行って見ると、小さな蕾(つぼみ)がわずかに色付いていた。2月4日立春はうす曇の天気だった。梅林の蕾が一輪二輪とわずかに開き紅白の花を咲かせて、春の近いことを告げているようだった。

 「梅の樹に梅の花咲くことわりを まことに知るはたはやすからず」
と、岡本かの子が、歌っている。
 「日日是好日(にちにちこれこうにち)」という禅の公案もある。
 毎日いい日でよろしい、と読めるが、それほどやさしい言葉ではないようだ。好日は裏返してみれば悪い日、悲しい日、不幸な日にもなる。森羅万象、輪廻(りんね)転生(てんせい)の世界、仏教では諸行無常の世界をいっていると理解するのが正しいようだ。一日一日が人生を新しく生まれ変わるチャンスだと、同時に人の命は、花のようにはかないことを明らかにしている。

 20年間を比叡山で修行した親鸞が、29歳で下山して俗世間にもどり、「お釈迦さまの教えのつきるところは、<生死を出づべき道>を求めることだ」、と言っている。
 人間は、誕生以来、万人が時間軸でいえば、それぞれの死にむかって生きている。まちがいなく確率百パーセントの道を歩んでいる。誰でも生を受けてこのかた、命がけの人生のなかで、安心、安全な確固たる人生を求めている。その途上で、ピンピンコロリがいいなどと考えているのは、大いに安易なことではないだろうか。今、この生きているこのときに、誕生から死の時間軸の外に出ること <生死を出づべき道> を求めることができれば永遠の時間が得られるわけで、安心と長寿を願う人はそこのところを考えないと、生き方の正解は得られないと気づくべきだ。
 家族や地域との絆(きずな)を大事にしていく、日ごろの生活が見直される。家族への心遣い、思いやりは十分だろうか。とかく自己中心に考えてはいないだろうか。地域との付き合いも、面倒だからと出不精になっていないだろうか。
 「生れるときも、死ぬときも一人だよ、だけど多くの人との縁があって生きてこられたんだ。死んだのちもお浄土に往って生れる世界があるのはうれしいですね」
 と、がん患者・家族語らい会の一人が話されていました。
 その会の会報に前田順子さんは、
 「がん告知を受けて、与えられた一日一日をがん一色で塗りこめ、非常時のように過ごしたくなかった。今、向き合っていかねばならない不幸を実際の不幸より増大させ、さらに本来ありもしない心配事や不安まで付加して、恐れや不安におぼれ、今という唯一確実な時をむざむざと取りこぼしてしまうような生き方だけはしたくなかった。今を確実に生きるということは、私の人生そのものとなった。 “今”に徹する訓練をこの世のある限り続けていこう。」
 と、書かれている。

 鈴木章子著『癌(がん)告知のあとで』に「変換」というこんな詩がある。
  死にむかって 進んでいるのではない
  今をもらって生きているのだ 
  今ゼロであって当然の私が 
  今生きている
  引き算から足し算の変換
  誰が教えてくれたんでしょう 
  新しい生命
  嬉しくて 踊っています
  “いのち 日々あらたなり” 
  うーん わかります

 入院生活ではなく、自宅に帰って余生を生きる道を選ぶ。
 病院でチューブにつながれて最期を迎えるよりも、住みなれて親しんだ自宅で過ごすことに喜びを見出している。
 人は「気づき」と、ものの見方の変換により生き方が変わるのですね。
 親鸞の求めた信仰への道、すなわち<生死を出づべき道>は、老・病・死のなかで、孤独を癒す道でもあった。親鸞の悪人正機説は、悪が消滅するのではなく、悪が善に転じて、苦が楽に転じていく(変換する)ことで、悪や病の苦しみからの解放があるのでしょう。

 「梅一輪一輪ほどの暖かさ」 (嵐雪)
 梅の蕾が開いた花一輪ごとに、心のぬくもりを感じないわけにはいかない。

                     平成21年2月4日
 

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初秋、雨の天橋立






















七尾の専慶寺で夕食




専慶寺の朝の膳
(五菜一汁と焼魚に豆腐とご飯)

























承元元年(1207)
親鸞聖人の遠流の地
越後の居多ケ浜

  初秋の北陸から天橋立への旅


 日立を朝7時に出発して、常磐、磐越そして北陸自動車道を往復2,000キロメータのドライブ旅行に出たのは、まだ残暑厳しい早秋の8月末のことだった。
 日立市の小学校のパソコン授業の支援や多賀駅前の事務所でパソコン教室を開いているNPO法人コミュニティNETひたちの代表理事内田芳勲さん、同理事の高橋正さんと3人で気ままな4日間の旅をした。
 常磐道を東に太平洋を見ながら北上して、いわきJCTから磐越道に入り、会津若松の西の峠を越えると、日本海へ流れる阿賀野川に沿って北陸道の新潟中央JCTまで一気に走る。
 うっすらと雲におおわれた日本海が見えてきた。穀倉地帯の越後平野を走り、茶豆の産地黒崎から、弥彦山を見ながら燕三条、北に佐渡島は雲がかかり見えないが柏崎から、親不知の岸壁をトンネルで越えると富山市に出る。砺波ICから能越道で能登半島を北上していくと、波静かな富山湾が見えてくる。
 日立を出発して600キロ約10時間、日没も近く、岸辺の岩にはカモメが群れて羽翼を休めている。

 能登の秋追いつ追われつ雲迅し (正)

 第一日めの宿泊地、石川県七尾市湯川町の専慶寺に到着したのは、午後5時40分だった。能登半島の七尾湾の和倉温泉から近い山里の高い木立に囲まれたお寺の本堂の脇に駐車すると、坊守(ぼうもり)さんが快く出迎えてくれた。宿坊に荷物をおかせていただいて、近くの温泉「龍王閣」まで歩き、自噴源泉が流れるままの湯にひたった。
 宿坊に帰ると、藍(あい)染の浴衣を着た坊守が冷えたビールとお酒に夕食を用意して歓待してくれた。ご住職は近所の寄り合いがあって帰りは遅いと、坊守と歓談し早秋の夜を過ごした。このお寺を紹介してくれた坊守のお姉さんは日立に嫁いで来られて、私たちの教室の仲間だ。
 「この宿坊を『かふぇらてら』と呼ぶんですよ。」
 と、坊守は和紙の筆書を見せてくれた。
 「カフェ・ラ・テラ」と書けば都会的で、なるほどと思う。海外の留学生も泊まりに来ることがあるそうだ。
 住職はまだ帰って来られなかったが明朝も早いので、先に休ませてもらった。

 坊守の折り目正しき藍浴衣 (芳洲)

 二日めの朝、本堂で住職と「おつとめ」をして、「かふぇらてら」の朝食は五菜一汁と豆腐に、焼き魚はブリの子コズクラと教わる。それに炊(た)き込み御飯と豪華、そして食後のコーヒーはよい風味だった。
 七尾の市内を通りぬけて、能越道、能登道から金沢森本ICで北陸道に出る。福井県に入り金津ICを越えると、東尋坊まで近い。
 東尋坊は小雨にけむっていた。東尋坊タワーから越前加賀海岸を展望しながら、昼食は越前ガニの御膳をとる。
 ここから一路、丹後の天の橋立を目指すことにした。カーナビの到着予想時刻は午後7時だ。日が沈む5時前には着きたいと車を走らせる。小雨が降り、ときおり強く降りつける北陸道を敦賀ICで降りたのが午後3時、天の橋立までは、小浜市、舞鶴市を通過して宮津市まで120キロはある。日没前に到着するのは絶望的だった。しかし小浜市を通りすぎ京都府の舞鶴市から高速道路が続く、カーナビには無いトンネルが開通していた。
 百人一首の「大江山いく野の道の遠ければ、まだふみも見ず天の橋立」が頭に浮かぶ。
 舞鶴若狭道から大江山をトンネルで潜(くぐ)り抜けて宮津湾の市街に一気に出る。天の橋立は目の前だった。午後5時少し前、日没までに余裕をもって到着したとき雨も上がっていた。

 秋雨や天の橋立降り残す (芳洲)

 三日めの朝は晴天を期待したが雨だった。ロープウェイで展望台に登る。百日紅(さるすべり)の花と松の葉が雨の雫(しずく)をつけて、天の橋立を見下ろす景色は飛龍観と呼ばれ、日本三景にふさわしい眺めだ。近くの真名井神社で御霊水を汲み取って車に積んで、正午に天の橋立を背にしてもと来た道を戻った。
 北陸道の福井北ICを降りて永平寺を参拝する。門前のそば屋で遅い昼食をとる。七尾の専慶寺に帰ったのは日暮れとき午後7時少し前、往復840キロのドライブだった。
 温泉に入ってから夕食は住職と坊守と5人で、酒を飲み交わし、しばし時の経つのを忘れた。

 秋の雨如来細目の能登の寺 (正)

 宿坊の宴果てたる虫の夜  (芳洲)


 四日めは日曜で8時から近所の人たちも集まり、住職は黒袈裟(けさ)を着てお朝事(あさじ)のおつとめに私たちも参列する。『正信偈』を唱え、阿弥陀如来を称名念仏して専慶寺を後にした。
 北陸道の上越ICで降りて、上越市にある本願寺国府別院を参拝し、居多(こた)ヶ浜に出た。ここは親鸞聖人が流罪で京都から船で降り立った旧跡の地だ。この地で7年を過ごした後、関東に赴(おもむ)き、茨城県笠間の稲田の草庵で20年間、『教行信証』を著作され、浄土真宗を布教されたことはよく知られている。

 稲妻の駆ける親鸞遠流の地 (芳洲)

上越ICに戻り、常磐道の日立に帰ったのは午後7時だった。四日間、茨城、福島、新潟、富山、石川、福井そして京都の7府県全2,125キロを走破した。古稀(き)も間近な旅人たちは、如来に見守られて無事に帰りつくことができた。
                       平成20年9月27日記


     
          H20.8.30天橋立の展望台で、左から久保裕、内田芳勲、高橋正

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絵葉書にした庭の私の桜






H26(2014)年4月5日の
私の桜(追記)



 
 桜きるばか梅きらぬばか

                
 植木の剪定(せんてい)方法の教えで、「桜伐(き)る馬鹿、梅伐(き)らぬ馬鹿」ということわざがある。枝葉の手いれ、切り方についての注意である。桜については枝を切ると衰弱してかえって悪く、梅についてはよりよい果実が育つようになるので、無駄(むだ)な枝葉を切ることを怠ってはいけないといわれている。
 もう30年ほど前になる、日立の工業専門学校の裏山に造成された海の見える団地に家を建てた。南側の小さな庭に桜の苗木を植えた。数年経つと大きくなり、枝も伸びて花も咲きだした。梅の木も一緒(いっしょ)に植えたので、春になると一番に紅色の梅の花が咲き、そして、少し暖かくなると桜が咲く。学校の校庭には、花水木(はなみずきき)が植えられていて、ちょうど桜が散ってしまうころには、白と淡桃(たんとう)色の大きな4枚の苞葉(ほうよう)に包まれた花が上から見下ろすと綺麗(きれい)に見えるように咲いてくれる。
 桜の木は育ちが早い。このまま大きくなると庭が桜の枝葉に覆われてしまい日陰になってしまうと心配になり、庭の外側で崖になっている学校の土手の下に移植した。
 それでもその桜は、今では高さ15メートルほどに大きなって、その枝は我が家の庭の南側に覆いかぶさるように育ってきてしまった。毎年、見事な花が咲いて花見には申し分がないのだが、家の庭の草花にとってはうれしくない。南側には雨水も流れ込むようになっていて、湿気も多く、大きなガマカエルが現れたり、ある年には家と学校との境の土手の排水溝にタヌキの親子が住み着いたりしたこともある。何かに脅(おびや)かされて来そうな予感がしてきた。少し大きな犬を飼って、時々庭に放して遊ばせたりするようになってからは外部からの闖入(ちんにゅう)者はなくなった。それでも庭がどんどん木陰の下になっていくのは困った。隣の家の主人とも相談して、こっち側に伸びてくる枝を切ることにした。  葉も枯れ落ちた昨年の秋に、柄を5メートルほどに伸ばせるノコギリを買ってきて、脚立にのぼり、枝切りを始めた。もっと高いところの枝も切りたいのだが、なかなか手が届かない。あまり無理して怪我(けが)でもしたら、それこそ「桜きるバカ」と笑われるから、ほどほどにしてやめた。幸いに今年も桜は綺麗に咲いてくれて、花見を楽しむことができた。
 梅も紅白の花が見事に咲いた。梅はそれほど大きくならない程度に適当に切ったりして、それで結構、毎年、花が咲く。それに雀、鳩、ヒヨドリ、時々アカゲラなどがやって来てにぎやかだ。梅の花芽は新しい枝につくので、古く長くなった枝は切って形を整えるのがいいそうだ。しかし、桜の場合は、古い枝に花芽が付くので、切ってしまったら花が咲かないばかりか、切り口が年々大きくなって病原菌が入って腐りやすくなるのだという。
 元々、植木職人を入れて手入れするほどの庭ではないから、木の手入れの方法も発想も自己流なのだ。それでも、そんな草花や樹木との共存、年々移り変わる風情を楽しみに出来るのは、うれしいことだと思っている。
 今年の桜を写真に撮って絵葉書にした。妻は「私の桜」とタイトルにして、知人に配った。前面の枝を切ってしまったから、太い幹や枝が目立つが、朝日に花びらが輝き空一面に広がり美しい眺めだ。

                                  ( 平成17年4月14日 記 )


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