きゅうちゃんのページ    
 「きゅうちゃんのページ」の目次    著者:愚足 釋裕光(久保 裕)

愛犬「きゅうちゃん」  
2006年3月号 『はんぽん』に掲載

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庭で遊ぶ「きゅうちゃん」











庭の隅に作った「きゅうちゃん」の墓

 
    愛犬「きゅうちゃん」  


  となり町のシェルティ犬のブリーダ(繁殖者)のところに、オスの子犬が一匹のこっているから、家で飼わないかと、近くの会社に勤めに出ていた次女が言ってきた。
 子どもたちもみんな独立したことだし、ペットもいいかな、番犬にもなるからと、飼うことにしたのは、もう13年も前のことだ。
 わが家に次女が連れてきた子犬は、背中は薄茶と黒で、胸毛は白の典型的なシェルティ犬で、鼻の長い顔が、真っ白な胸毛の上にあり、短いながら太い足で家の中を歩き回るのを見ているだけでもかわいらしかった。なんとなく「きゅうちゃん」と呼ぶようになった。
 シェルティはコリー犬の一種で、日本コリークラブという組織が50年以上も前から、血統登録をしている。そのクラブの標準規定によると、シェルティのサイズは41センチ以下の小型犬とされている。犬のサイズは体高をいい、首のつけねの肩甲骨の上部までの高さとすることになっている。「きゅうちゃん」は、足が太かったからか、みるみる大きくなって、一年もたつと体高は50センチを越えてしまった。だから「きゅうちゃん」を叱るときに、「おまえは、この家にこなかったらシェルティの規格外でブリーダに処分されていたんだからな」と、恩を着せるようなことをいう。
 シェルティの正式名称はシェトランド・シープドッグという、スコットランド地方の北端にあるシェトランド諸島を原産地とする牧羊犬だ。狩猟犬とちがって、羊を追いかける習性のためか、よく吠える。私が家を出るときも、帰ったときも、送り迎えによく吠えてくれる。
 一日家にいる休日の朝食後、玄関から出ても決して吠えない。出勤のときとの違いが分かる不思議な感性を持っている。天候の変化、地震や雷にも、まことに敏感だ。初夏の遠雷など人の耳に聞こえない音に反応する。ペットとして毎日身近にいて共に生活していると、時に、人間の感じ得ない森羅万象を感知する能力に、かわいらしさだけでない畏敬の念を覚えることすらある。
 毎日、朝夕二回の散歩は欠かしたことがない。よほどの暴風雨のとき以外、雨の日はカッパにゴム長をはいて出る。この犬の習性として、自分の排泄物は自分の生活圏の外にする。だから多くの場合、散歩の途中で歩道を外れて、藪の中にごそごそと入っていって、くるくると二、三回体をまわして、それからウンチをする。体をまわすのは、周囲に危険がないか確認する習性らしい。これで散歩の目的を達成して、あとはこちらの気分と万歩計のカウントの目標に応じて一緒に歩いて帰る。
 私の住む団地は、工業専門学校の裏山を造成してつくられたので、校庭の周りや、裏山の森の中が散歩コースとなる。人の歩く道で、犬がウンチをしたら拾って持って帰らないといけないから、それなりにビニール袋など持って歩くが、できるだけ人の歩かない林の中、ところどころ獣道のようなところを歩く。そこでは普段の生活では見られない発見ができる。ワラビやタラの芽が生えていたり、野ユリが白く凛として咲いていたりする。キジが鳴いて飛び出したり、キツツキが巣づくりでコツコツ木をたたいていたり、自然の音が聞こえる。初冬にはイチョウの木葉が黄金色にいろづき、木の下も落ち葉で覆い尽くされるなかに、銀杏の実があたり一面に散乱している。
 車道のわき道には、空き缶、ペットボトルやビニール袋が捨てられている。犬のウンチは飼い主が始末するようにと、近所の住人はやかましいが、人間様は、車からゴミや空き缶を捨てて、よほど環境をきたなくしている。獣道を歩きながら、よくそう思うのだ。そして、森の中から出て、車道のわきに人が捨てたゴミを拾って、犬のウンチを入れるビニール袋に入れて持って帰り始末するのだ。
 「きゅうちゃん」は、13歳の春、皮膚病『かいせん』のために亡くなった。もっと長く生きていてほしかった。散歩で出会う人、新しい知り合いや友人ができたのも「きゅうちゃん」のおかげだ。夜おそく帰ってきて、一杯飲もうとすると「きゅうちゃん」が出てきて相手をする。こちらの食うものをやらないと吠える。深夜に吠えられたら近所に迷惑で、飲みすぎ食べすぎはできない。定年退職後も健康でいられるのは、毎日の散歩と、夜食の自粛のおかげだと、つくづく思うのだ。
 「きゅうちゃん」は四ヶ月あまりの闘病によく耐えたが、皮膚病が全身に回り、最期は、獣医に連れて行った帰りに、私の腕の中で息を引き取った。
 翌日、ペットの火葬場で荼毘に付し、庭の片隅にレンガで結界をつくったお墓に埋めた。石屋にいって、小さな墓石をつくってもらった。石屋は「きゅうちゃん」の写真をみて、かわいい顔を丁寧に墓石に彫ってくれた。
 最後に「きゅうちゃん」の写真を一枚掲載させていただく。長女が、角川SSC発行『レタスクラブ』の料理記事のスタイリングをしているころ、私が写真を趣味にしていて、当時、この犬の写真をとりまくっていた。それを見て、長女が勝手に、レタスクラブに投稿したら、「カメラマン賞」をいただき掲載された。
 「きゅうちゃん」は、だれからも好かれる犬だった。

     




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